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RE:翔鶴型徒然・・・

 投稿者:Hayataka  投稿日:2009年 7月12日(日)23時22分10秒
  こんばんは。Hayatakaです。

>ひささんへ

翔鶴の考証ご覧いただきありがとうございます。ひささんに御支持いただき、安心いたしました。

>モノローグさんへ

翔鶴の飛行甲板後部が瑞鶴と同様かどうかは、定かではありません。しかし、後部全面が鉄甲板というのもありえないと思います。
珊瑚海海戦時の翔鶴飛行甲板後部の損傷は、写真を見る限りは軽微で、被害も右舷に限定されています。これの修理のため飛行甲板後部の木甲板を撤去、被害のなかった中央部〜左舷までも鉄甲板に変更するのは、当時の戦況を考えると合理的でないと考えます。

飛行甲板両舷の点線については、ひささんの御指摘どおり、飛行甲板後端まで描かれています。始点は写真で明らかですが、第一番滑走制止装置あたりです。翔鶴の方がやや外舷寄りに描かれています。
この点線、写真を年次を追って眺めてみると、就航時に描かれて以降、中央3本実線が描き直されているにもかかわらず、ずっと書き直されてることなく消えるにまかせているように見えます。おそらく運用上さして重要ではなかったのでしょう。塗料の食いつきがいい(煙突部)鉄甲板の点線は、かなり後まで残っていましたが、昭和18年修理後の翔鶴ではとうとう消されてしまいました。

「大空の墓標」掲載の瑞鶴上空写真ですが、キャプションには「昭和18年ごろ」とありますが、マーキングの状態を見ると、おそらく撮影は昭和17年・南太平洋海戦前後ではないかと私は考えています。

飛行甲板左舷後端の「ス」の文字の見え具合には、私もとても注目しています。あくまで想像ですが、おそらく5月の珊瑚海海戦時に起こった「空母誤着艦事件」が関係しているのではないでしょうか?。この事件への対策として、急遽飛行甲板後部に識別標識を追加したのではないかと…。慌ててフリーハンドで描かれたような乱れ具合や、他のマーキングより薄い様子をみていると、けっこう信憑性はあるのではないかと思うのですが…いかがでしょう?。

http://0bbs.jp/junyou/

 

翔鶴型徒然(2)

 投稿者:モノローグ  投稿日:2009年 7月11日(土)23時47分24秒
編集済
  >ひささん

こんばんは。レスありがとうございます。
考えてみると古くから存在している艦尾の清掃風景写真から翔鶴型の飛行甲板最後尾は木甲板であることがはっきりしているのに「全面的に鉄甲板」説があるのはプラモの世界で当時のフジミのモデルのモールドがそう?なっていたのも一因でしょうか?(ニチモの翔鶴がどうだったか不明ですが)後、空母赤城も艦尾の識別記号周辺が鉄甲板だからそう推定されたのかもしれませんね。

珊瑚海海戦・南太平洋海戦後、どちらも綺麗に直されている木甲板を見ると、大事な正規空母ゆえ修理が急がれる戦時下では、やはり工程上全部木で直したと考えた方が効率が良いように考えられます。

今回の瑞鶴での考証ではっきりした艦尾の両舷鉄甲板の処理の形が一世代前の空母蒼龍と似ていると感じます。
 

翔鶴型について

 投稿者:ひさ  投稿日:2009年 7月11日(土)21時33分28秒
  >Hayatakaさんへ
毎度、遅まきながらですが、新考証を拝見しました。これはお説のとおりと思います。あれは翔鶴と考えるのが妥当でしょうね。非常に綺麗な飛行甲板は、修理後の状態を示しているのではないでしょうか。

>ロートシルトさんへ
「艦艇考証三昧」への瑞鶴の考証記事のアップをありがとうございました。書籍で、ネットでと、アピールの場が増えて、徐々に考証結果が浸透してゆくと良いですね。

>モノローグさんへ
5/31のHayatakaさんの投稿写真(飛行甲板後部の掃除風景)において、一番左側の人物の影の部分に白線があるのが見えますね。これは一番外側の白線(点線)と考えられます。したがって、飛行甲板のかなり後ろまで、この白線が引かれていた時期があったのは間違いありません。この外側の白線ですが、翔鶴と瑞鶴で微妙に違うものの、滑走制止装置(クラッシュ・バリア)の幅を示し、誘導するのが目的だと思います。したがって、少なくとも最初は、飛行甲板の後部から滑走制止装置まで引かれていたのではないでしょうか。運用しているいちに、かすれてしまって、そのまま・・・ということはあると思いますが。
 珊瑚海海戦後の翔鶴の損傷修理ですが、ダイヤモンド社刊の写真(Hayatakaさんの考証掲示板参照)からすると、後部まで木甲板であるように見えますね。
 

翔鶴型徒然・・・

 投稿者:モノローグ  投稿日:2009年 7月11日(土)16時17分21秒
編集済
  >ロートシルトさん
>Hayatakaさん

お久しぶりです。
これまでのこちらの掲示板や各趣味誌上での空母翔鶴・瑞鶴の細かい考察が楽しみで、それらが徐々に明らかになるにつれて自分でも最新考証に基づいたモデルをそろそろ作ろうと思っております。

私自身が常々疑問に思っていることと感想を述べます。
飛行甲板上の白線で艦尾まで直通する中央の3本線に関しては各時期でのかなり明確な資料や写真が揃っておりその存在が確認出来ますが、その外側の両舷の破線の明確な長さ(どこからどこまで引かれていたのか?また時期によって相違があるのか?)がよく分かりません。
右舷は艦橋直後の鉄甲板部周辺のみに破線が存在する資料。何もない資料。艦尾まである資料。そして左舷は何もなし、中央部のみ、艦尾まで?と(この辺りはモデル製作者の方々個人の推測も含まれているとは思いますが)私もこれまで生きて来ている中で(笑)全部の翔鶴型空母の残存写真を見ているわけでは無いので何が確実なのかが分かりません。たとえ写真があっても南国の陽の光に照らされた木甲板と同一化され色が飛んでしまっていて写真後方に収束していく辺りの点線の存在まで判別出来ないものも多いです。

私は南太平洋海戦時の翔鶴を作る予定です。旗艦として21号電探をいち早く装備し一番輝いていた時期を選びます。丁度、損傷写真含め比較的資料が揃っていますし(上記で挙げた甲板両舷の破線と艦尾の第3エレベーター後の鉄甲板?の状況が詳しく確定できずまだ悩ましいですが〜これは永遠に不明かな?)

こちらの掲示板で確定された最新の瑞鶴の真珠湾時の考証に倣うか?珊瑚海での損傷後に艦尾は全面的に鉄甲板に貼り替えられた。・・とするか?それともこの時は木甲板のまま復元されていたのか?も不明です。ここの辺りの損傷写真で最も艦尾側を写した未公開のものがまだ残っていないのでしょうかね?

ところで、日本海軍の空母で純粋な同型艦を持つ正規空母は翔鶴型と雲龍型しかありません。例の瑞鶴の昭和18年の上空写真で判断される中央〜艦尾までの甲板縁の鉄甲板部のレイアウトは図面が同じ同型艦なので(少なくとも開戦時〜珊瑚海の間においては)翔鶴も同様であったと考えても良いのではないでしょうか?そして、この瑞鶴の写真では3本線の外側両舷に破線があるのかないのかがはっきりしませんね(昭和18年初期の翔鶴は中心線の左右の線が破線であった写真がありますよね)昭和18年中であっても時期の違いか?若しくはマーキングは個艦の飛行長の判断である程度自由であったのか?同型艦でも引き方が異なっていても不思議でないのか?この点は興味が尽きません。

それと、艦首の「シ」はいつ頃まで書かれていたのか?瑞鶴の「ス」は(例の写真のキャプションが間違っていなければ)昭和18年まではあったということですね。
ところでこの写真の艦尾の「ス」は何のガイドもなく書いたのかフリーハンドっぽく、艦首に比べ雑に見えるのは何故でしょう?そして艦尾の赤白着艦標識がこの時期には両舷の張り出し部にも及んでいるようにも見えます。飛行甲板も木材の経年変化や着艦の際の傷や海水・雨の影響なのか各社モデルカラー指定のタン色よりもずっと暗く見えます。でもここのあたりは戦時中にタイムスリップでも出来ない限りは分かりませんね。終戦後の隼鷹の米軍撮影俯瞰カラー写真でも木甲板が凄く黒ずんで見えます。


個人的に一番の難点は翔鶴の艦尾甲板が珊瑚海海戦後にどのように修理されたか?それだけです。一番解明が難しい個所ですが・・・。

ところで例の昭和18年の瑞鶴の上空写真からこれで甲板の平面形状やマーキングがほぼ解るので、この時代のモデルも今回作りやすくなったわけですね。フジミさんには1/350の翔鶴を同社「金剛」級のようにそのまま1/700に落とし込んで発売して頂きたいと期待しております。
 

RE:NYの「神通」

 投稿者:ロートシルト  投稿日:2009年 7月10日(金)15時18分5秒
   こんにちは船好きさん。

 「神通」ご覧になっていただきありがとうございます。5500トン型愛好家には「待ってました!」のアイテムですよね。資料も写真も決定打のない状況ですので、誰でも入手容易な市販の資料からは、同誌にまとめた情報ぐらいが限度のような気がします。

 5500トン型は今後1/350でも「長良」が出ますので、楽しみが増えそうですよね♪
 

RE:NY誌拝見しました

 投稿者:ロートシルト  投稿日:2009年 7月10日(金)15時16分57秒
   こんにちは由良之助さん。

 「神通」「まきなみ」、早速ご覧になっていただきありがとうございます。
 「神通」の考証はこれといった写真もなく、難しいですね。最終時(コロンバンガラ沖夜戦)などを作ろうと思ったら、かなりの部分が推定艦になってしまいます。そのため今回は開戦時ということにして、面倒な考証を回避しました(^^;)。


>仕上げに違いは有る様ですが、やはり同じ人が作ったんだなというのはわかりますね

 「朝潮」「陽炎」を作ってから「天津風」を作るまで、7〜8年も間があいていますので、どうしても仕上げの差はしかたなかったですね。でもせっかく作ってあったのに、このまま日の目を見させないのは可哀相と思い、撮影してもらいました。
 作者によってかなり作りが異なりますよね。それを作風というのでしょうか。本の中でキャプションや目次を見なくても、私が作ったものはすぐに分かると家族によく言われます。


>まきなみが出てきて驚きました。
>作りこみ具合は神通と同じ位だと思われるのですが・・・。

 はい、「まきなみ」も実は本文に書いたようにサラッと作ったわけではなく、それなりにではありますが、手を入れています。実際にあのように作るには、土日の2か月間では少々難しいかもしれませんね(^^;)。


>次号はどう考えても金剛だと思いますが現用艦共々楽しみにしております。

 ありがとうございます。現在梅雨空を気にしながら、追い込み作業に入っています。それが終わったら現用艦をやらなくちゃ…(汗)。
 

NYの「神通」

 投稿者:船好き  投稿日:2009年 7月 8日(水)21時24分56秒
  ロートシルトさん、こんばんは。 <(_ _)>

ネービーヤード最新号、本日ゲットしました。今回の内容は私のとって興味心身の内容が多く、大変楽しめました。

「神通」、拝見しました。いつもながらのインパクトがある部分を狙って詳細にし、全体の雰囲気を整えている作風に驚いております。アイテムもいい!中々詳細不明な「神通」と題材としている部分に目を奪われました。
私的には、長良型「由良」の時に悩んだ天蓋部分がマスト主柱まで達している形状(キットのことです)や艦橋前部が僚艦「川内」,「那珂」と違いすぎていることが疑問なのですが、資料がないのでなんともいえません。でも、2水戦旗艦として勇猛に戦って散った「神通」、かっこいいですよね〜。

http://homepage2.nifty.com/kansenkun/new/top.html

 

更新して、「天津風」の製作記を開始します。

 投稿者:ロートシルト  投稿日:2009年 7月 6日(月)00時06分31秒
   ただ今更新しまして、「陽炎」型駆逐艦「天津風」の製作記その1をスタートしました。次は何にするか少し迷いましたが、「天津風」に決定。
 また、『決定打!「瑞鶴」開戦時の飛行甲板完全解明!』と題して、「ネイビーヤード」誌第8号に掲載した記事を一部モディファイしてアップしました。
 ようやく今夜中に間に合って、ホッと一息(^^)。

 ここのところ、天候の思わしくない日々が続き、中々次回作品の製作が思うようにはかどりません。遊びにも行きたいのに(爆)。

 あ、そういえば「ネイビーヤード」誌第11号が発売になっていますね。当工場からは「神通」(開戦時仕様)と自衛艦「まきなみ」が出撃しています。よろしかったらご覧下さいね♪。
 

NY誌拝見しました

 投稿者:由良之助  投稿日:2009年 7月 5日(日)18時05分51秒
  こんにちは。由良之助です。ネイビーヤード誌早速拝見しました。ロートシルト様の今回の作品は神通ですが・・・
以前の能代といい、同型艦の中で最もわからない事だらけの艦ですね。現在出まわっている資料では、戦前の写真と昭和17年にセレターで撮影された那珂の写真を合成する以外はどうにもならない状況で、考証的にもよくまとめあげてあると思いました。確認出来ることは全部盛り込んであるという感じです。他に気になる事は機雷敷設軌条の撤去がされたのかでしょうか?阿武隈や那珂では写真で確認できますが神通ではどうにも・・・。 今回はサラッと作ったそうですが旧作の駆逐艦群が良く合っていて良い感じです。朝潮と天津風では製作年次が離れているので仕上げに違いは有る様ですが、やはり同じ人が作ったんだなというのはわかりますね。軽巡以下の艦艇ではこのくらいの密度が丁度良いようです。
 そのような事を考えながら読んでいますと、まきなみが出てきて驚きました。1/700をサラッと作ったとありましたが写真ではもっと大きなスケールに見えるのです。作りこみ具合は神通と同じ位だと思われるのですが・・・。これには考えさせられてしまいました。まきなみの形状がたまたまそう感じさせる形だったのでしょうか?とにかく今回のまきなみは出色の出来であると私は感じましたが御本人はどのように感じておられるのでしょうか?
次号はどう考えても金剛だと思いますが現用艦共々楽しみにしております。

Hayataka様へ  はじめまして。前回私が感じた事について御返事をいただき、ありがとうございます。飛行機音痴の私は空母音痴でもあるのでHayataka様のサイトを見ていてもいつもフーム・・で終わっているのですが、翔鶴型空母の煙突附近はン十年前にフジミのキットを作ったときあまりにも変な形になった記憶があって、思わず書いてしまったのです。やはり気になりますよね。
 

ただいま次々号向け作品の塗装に追われています

 投稿者:ロートシルト  投稿日:2009年 6月21日(日)23時57分34秒
   本来なら今夜にでも更新する予定でしたが、現在「ネイビーヤード」誌次々号(11月初旬発売予定)の作品製作に追われまくっていまして、自由時間のほとんどを当てているため、今夜の更新は見送らせていただきます。

 ここのところ、関東地方は本格的な梅雨に入り、しかも関西以西は晴れているのに、なぜか関東の沿岸だけ曇りのことが多く、塗装する時間が全然取れないのが頭の痛いところです。昨日の土曜日は昼間久々に晴れ上がりましたので、急いで船体の塗装をしたりしました。天気予報とにらめっこの毎日です。

 次回以降の当サイトの更新ですが、海上自衛艦「ときわ」かそれとも甲型駆逐艦「陽炎」型の開戦時仕様「天津風」「不知火」そして最終時仕様「雪風」にしようかと考えています。どちらを先に見たいか、もしリクエストがありましたら、よろしかったらここに書き込んでいただければと思います。


 と書きながら、昨夜と今夜は久しぶりにテレビで本格ドラマを堪能しちゃったりして(^^;)。何を観ていたかは『寝言・戯言・独り言』に書きました〜♪。
 

以上は、新着順91番目から100番目までの記事です。 6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  |  《前のページ |  次のページ》 
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